bedding (キョンハル・カップル&大学生くらいの設定)



『痛い?そうでしょうね。ゆっくりと味わうがいいわ』

見惚れるほど綺麗な笑みと、囁かれた言葉。
長く艶やかな髪に、光るナイフ。

首を捻って振り向いた先の光景。

月明かりの下に一瞬目に出来た光景。

「朝…く、ら…」

それしか言えないうちに、俺の体は自由の利かぬままに力を失った…。


………


「ぐあっ」
背中に受けた衝撃に、目を覚ます。

…どうやら悪夢からの目覚めはベッドから落ちる事と相場は決まってるらしい。
寝起きくらい爽やかに行きたいもんだぜ。

と言っても、まだ辺りは真っ暗で。
うっすら見える時計が示す時間は真夜中。

おいおい、まだ数時間しか寝てねぇよ。

それにしても…。

「またか…」
そうぼやきたくなるほど、未だに見る夢。
何年前の話だよ。
結局あの後長門によって世界は戻って…つまり俺は『現実に味わっていない出来事』のはずなのに。

体の傷は残らなくても、現実になかった事にされても、脳は覚えているらしい。
どうして覚えてほしい事は覚えてくれないくせに、こう言う事ばっかり覚えてるんだか。
…その要領を次回のテスト範囲の内容に切り替えてほしいぜ、まったく…。

ベッドから落ちて打ち付けた腰を擦っても…痛いはずもなければ…いや、落ちた時の鈍痛はあるが…刺し傷なんてあるわけもない。
生死を彷徨った後など、あるわけがない。

あるわけがないのに…。

傷の痛みと共に思い出す。
ハルヒがいなかった世界を。

長門が悪いわけじゃない。
長門を責めてるわけでもない。

それでも、忘れられなかったんだ。
ショックだった。

後悔した。
もっと、何とかならなかったのかと。
苦しんでいた長門に何にもできなかったのかと。
世界を維持しようとしていた古泉の言葉にもっと耳を貸せばよかったのかと。

そう思って惜しみないくらい。
俺は、ハルヒに会いたくて、たまらなかったんだ。

その胸の痛みが蘇ってくるようで、俺は慌てて被りを振った。

いかんいかん。
寝不足だからこんなシリアスになるのだ、らしくない。

まだまだ夜中。
俺が起きるまでまだ数時間寝てておかしくない時間だ。

…寝てしまえ。

覚悟を決めて、落ちたベッドへと戻ると布団を被る。

そう、あくまであれは現実じゃないんだから。

…考え始めると目が覚めるのはなんでだかな。
寝てしまえばいいのに、目が冴える。

「はぁ…」
仕方なく起きるかと再度考え始めた瞬間。

「んー…」
伸びてきた手と熱いくらいの熱に、意識が集中した。

「何よ、キョン。起きるの?」
「…いや…」

さすがに寝起きと言うべきか。
日中のテンションとは違う、眠たそうなハルヒに苦笑が浮かぶ。

「寝てればいいだろ?」
「…さっき凄い音がした夢を見たわ。なんだったの?」
「…気にするな」
それは現実で俺がベッドから落ちた音だ、などと言ったら爆笑されるな。
…今日中のテンションを取り戻されたら、絶対に眠れない。

「なによ、まだ夜中じゃない。早く寝なさいよね。あんた朝起こしたって起きやしないんだから」
まるで母親のように言い切ってから、眠そうな瞳が閉じられる。

そうしてこの暑苦しい中離れそうにない腕が。
消える気配などない存在が。

こいつが知るわけがないのに、なんだかわかりきっている行動のような気がしてくる。

消えないんだと、こっちが現実だと、証明してくれるのはなによりきっとこいつなんだろうな…。

気付けば横から聞こえてくる寝息に、眠気が急激に襲ってきて。

ハルヒの馬鹿みたいに力強い腕が少々苦しいのには、目を瞑ってやることにしよう。
ここにこうしているのに、悪い夢を見ることこそ馬鹿らしい。

綺麗に整った寝顔を見つつ、俺も寝ることにした。


* back *


タイトルは「寝具」と言う意味です。
…深い意味はありません、うん、たぶん。
キョンハルで、カップル設定です。
糖度高めーを目指してみたのですが…いかがでしょう?