苺はいつ食べられるのか (キョンハル前提SOS団)



「キョンくん、起きてー!」
朝からバカみたいに元気な妹の声が聞こえる。

…もう少し寝かしてくれ、昨日は疲れたんだ…。

「キョンくん、朝ごはん冷めちゃうよってお母さんが言ってるよー?学校も遅れちゃうよー?」
そうして俺の上で暴れまくる妹に、俺は渋々起き出した。

「先行ってるね!シャミシャミー」
シャミセンを変な拍子で呼びながら階段を下りていく妹の声をBGMにしながら部屋を見回し、俺はようやく目が覚めてきた気がした。

いつもより妙に疲れている気がする体の原因は、間違いなく昨日にある。

男女ともに浮かれているのではないだろうかと思えるイベント、そうバレンタインデーだ。

街中チョコレートの宣伝だらけになるこの時期。
谷口の騒ぎようもいつもより数割増しで面倒な事この上ない、付き合いきれん。
甘いものをそこまで食べるわけではない俺としては、チョコレートには関心があまりないのだが…。
どうせなら、他の菓子を配るイベントだったら…などと考えても社会を巻き込んでのチョコレート会社の戦略に逆らえるはずも、お祭り好きのハルヒがそんなイベントを見のがすはずもなく…俺と古泉は思い切り付き合わされたのが昨日である。
山登りや穴掘りをさせられなかっただけマシかもしれないが、宝探しと言うのは本当に疲れる。
しかも仕掛け人がハルヒである以上、そう簡単に行くはずもないからな。

それでも、3人揃ってわざわざ作ってもって来てくれたのだ。
料理をしない人間にはわからないが、おそらく手間のかかる作業なのだろう、菓子を作るなど。
ハルヒ曰く、それを思えば相応の労働らしいので、そういう事にしておこう。

しっかり妹の目を回避し味わった残骸が机の上には残っている。
なんともイメージどおりと言うか、それは可愛いらしい包みが朝比奈さん、バレンタインと言うのは日本の伝統的な祝い事だったか?と勘違いしそうな長門。
味も見た目と同じような印象を受けるもので…。

そして、もう1つ、朝比奈さんのように可愛らしいとも長門のようにカッチリしているとも言わないもの。
他の2つと違い、まだもらった時と変わらぬ形と重さを保っているそれを見てみる。 たかだか包装に人柄が表れるものだろうかと改めて感じた瞬間。

「うおっ」
時計を見て、俺は慌てて部屋を飛び出す羽目になった。





そして時は放課後。
SOS団部室の空気が、と言うよりも団長周辺の空気が重いと言う気がするのは、俺の気のせいだろうか。
朝比奈さんは気が気じゃない様子でハルヒの様子を伺っているし、長門や古泉は相変わらずである。
うん、気のせいだと思いたい。

…のだが。

「さて、どうしたものでしょう…」
ボードゲームをやっていた古泉の視線がこちらへ向く。

結局、逃げられるものではないらしい。
気付けば長門や朝比奈さんの視線までこちらを向いているような気がして…。

「何がだ」
「それはこちらの質問でもありますね。何か、涼宮さんの気に触るような原因は?」
「俺にあるって言うのか?」
「昨日は大変機嫌がよかったのです。それが今日、それも徐々に悪化しているとなれば、原因はあなたとしか考えられません」
ハルヒには聞こえないように小さく、しかしきっぱりと断言しやがる古泉。

少なくとも、思い当たらないぞ。

「ですが、何かあるはずです。思い返してみてください」
古泉の言葉と、長門と朝比奈さんの無言の視線に背中を押される形になり、1日を振り返ってみる。

朝、少しのんびりした所為で危うく遅刻になるところだった。
坂道をいつものペース以上で登るのは非常に酷だ、次回からないように気をつけねば。
教室に着いたら谷口の馬鹿が愚痴を言っていた。
どうやら国木田は散々聞いた後らしくて、俺にお鉢が回ってきた。
バレンタインにチョコレートをあげる習慣について、切々と語ってやがった。
あれはもらえなかった反応だな…。
朝比奈さんからチョコを頂いたなど言えば、よりうるさくなりそうだったので黙っておいた。
可愛らしく差し出されたチョコレートなど、多くがもらうべきではない、もったいない。
まぁ、去年のように長門が配るチョコレートもなく、その市販の小さなチョコにすらありつけなかった事が残念であるようだったな。
直接言わなくても見え見えであるところにわざわざ自慢話を振る事もなかったが…。

そうして、部室に着き、長門と朝比奈さんにチョコレートを全部美味しく食べた感想を述べ…今に至る。

そこの何が問題だ。

「デリカシーにかけると思いますが…」
呆れたような古泉の声。

…返事をするのが嫌な空気だ。

「いくら涼宮さんでも、いえ、涼宮さんだからこそ気を配って欲しいものです」
だから何をどうしろと言うのだ。

「長門さんや朝比奈さんに行った、チョコレートの感想を述べると言う行為が、涼宮さんにのみ欠けていることにどんな意図があるのですか?」
そうしてじっと見つめてくる視線が真剣みを帯びる。
先ほどからしきりに携帯電話を気にしていることを考えれば、いやそんなものなくとも俺でもわかる。
ハルヒの機嫌はよくないことくらい、さっきから百も承知だ。
おそらく、限界なのだろうとも。

…ここまで追究されたら、仕方ないんだろうか。
でも、口を開けば突っ込まれるだろう。
理論好きの古泉と、好き嫌い関係なくともそういう属性を持つ長門がセットでこの場にいるのだ。
うっかり開いた口から何を勝手に察せられるかわかったもんじゃない。
さらには、今の俺にはどうあがいてもできない事もあるのだ。

だから、口を開きたくなどない。
そこにどうあがいても見えてくる真実と言うのが見えるというのなら、一層遠慮したいものだが…。

「食べ物をもらって食った場合、食べた感想を述べるのも必要だろ?」
「ええ、重要だと思います。…!」
そうして変わった古泉の表情に、俺は大きく息をつきたくなった。

だから口を開きたくなかったのだ。
古泉の頭の中で、今までの会話から現在の俺の状況が浮かび上がったのだろう。

「あなた甘党でしたっけ?」
「別段そうでもないな」
古泉の声が、急に小声じゃなくなる。
どういう意図だろうが、これでは答える声が小さいと帰って怪しくなるので、普通の会話へと俺達は移行した。

「朝比奈さんと長門さんのチョコレートは昨日のうちに全部いただいたと。いただいたからこそ、の感想なわけですね?」
「ああ」
「甘党でないという事は、一気に多く食べないという事ですね?僕もそうですが、1度に食べるには少し多いので、僕などお三方からいただいたものを少しずついただいたのですが…。当然、手をつけていなければ感想など言えるはずもない」

古泉の顔に笑顔が戻っている。
くそ、嫌な予感は的中か?
こいつの笑顔も、ろくなことがないような気がするのは気のせいじゃない。

「そうだろうな。それがどうした」
「突然ですが、ショートケーキの苺は最後に食べる方ですか?」

そうして、的外れで、なんだか聞きたくない質問を聞いた気がして。

「…少なくとも、一番最初に食べるようなことはしないな。たぶん最後の方だろうよ」

それでも、とりあえずどうでもいいようなその質問に答えることにした。


* back *


どうにもイベント創作を書くことに疎い自分が毎度忘れるバレンタイン…。
確か去年書き忘れて反省していた気がします、はい…。

日にちが1日遅れていますが、バレンタイン創作です。
バレンタインの翌日のお話なので、遅れたと言うよりは遅らせた、が正解なのですが。
実は去年の夏か秋ごろ思い浮かんだ話で「あまりに時期違いだろう!」と書かずにいて、すっかり忘れていたのですが…バレンタイン創作書くに当たって急にネタを思い出したと言う代物です。
というか、自分でもタイトル長くて吃驚です…
問いかけになっているタイトルですが、「好物やメインは最後に味わって食べるのです!」という回答の1つを例に挙げて書かせていただきました。
相変わらず私の中のキョンは明確に答を口にしてくれるわけでもないのですが、読んでいる人に伝わるような文章が書けていればなぁと切実に思います…(文才欲しい)