余裕なんてない (キョンハル)



計算が解けずに悩んでいる姿。
あくびをかみ殺している姿。
おそらく何も考えずにぼんやりと隣を歩く姿。

隣にいるとわかっていても、つい目が離せなくて見てしまう。

にも関わらず、
「なんだ?またよからぬこと考えてるんじゃないだろうな…」
どこか不穏な感じで見返された事に、ハルヒは小さく唇を尖らせた。

「なによ、あたしが常によからぬこと考えてるみたいじゃない」
「俺や朝比奈さんを散々振り回してるのはどこの誰だか…」
キョンがついたため息さえ、今のハルヒには余裕に見える。

「俺はともかく、朝比奈さんには少し勘弁してやれ」
みくるを庇う発言と共に頭をかくキョンに、ハルヒはふいに足を止めた。

「見た目とイコールでなんとも打たれ弱いお方だからな…」
しかし、それに気づかず歩き続けるキョンの声が少しずつ遠ざかるのを感じながら、ハルヒは呆然とキョンの姿を見つめる。

自分も好きな仲間について語られる事自体には賛成の意見なのだ。
それが、自分が探し見つけてきたマスコットキャラなら尚更褒められたり大事にされて悪い気はしない。
けれど、自分の中の感情が追いつかずにハルヒは歩き出せずにいた視線で追うことしかできなかった。
身動きが出来なくなるほど、自分の持つ感情が大きい事をハルヒは自覚していた。
だからこそ、どうしようもなくなってしまった思い。

それこそ、キョンと言う存在によって感情がかき回されるほどに。
しかし、キョンはそれの篭った視線をあっさり受ける。
以前、夢で共に夜の学校にいた時も、文化祭の時も、数日間の昏睡から目覚めた時でさえキョンはどこまでも変わらなかった。
いつでも変わらない彼にハルヒは悔しさが募る。

「おい、ハルヒ?」
ようやく止まった足音と、不思議そうな声。

その声に導かれるようにハルヒが顔をあげれば、数歩離れたキョンは当然いつも通りで。

「なによ…」
ハルヒは小さく呟くと、不服を露にして歩き出した。

「なんだ?どうした」
「別に、何でもないわよ」
いきなり立ち止まったと思えば隣を早足で通り過ぎていくハルヒに、キョンは驚き振り向く事しかできない。

「おい、なんなんだよ」
「何でもないって言ってるでしょ」
キョンが早足で追いつけば、ハルヒは意地になって足を速める。

「何でもなくないだろ」
「じゃあ、キョンには関係ないわ」
「隣歩いてていきなり不機嫌になられるわけがわからんと言ってるんだ」
徐々に早くなっていくハルヒのペースに合わせるようにして掛け合いが続き、
「あたしばっかりが余裕ないのってないわ」
言ってしまった一言に、ハルヒは足を止めた。

「だから、何がだ」
そして、未だにわけがわからないキョンも足を止める。

イライラしている自分とキョンを比べ、やはり余裕を持ってみえるキョンをハルヒは見据えた。
ハルヒの意図を捉えようとしているキョンの瞳に捕まり、
「…あたしばっかり、頑張って平静装ってるのに…ずるいわ。絶対あたしの気持ちの方が大きいのよ。あんたは何があっても変わらないんだから…」
引くに引けなくなった言葉をハルヒはぽつりと洩らす。

そして、瞬き数回分の間の後。
「そうでもないんだがな…」
何かを思い出すような搾り出すような声に、ハルヒは視線を跳ね上げた。

キョンの表情が暗く見えて、ハルヒの表情も暗くなる。

「…なによ」
「お前が何を気にして、俺のどこが余裕なんだかわかりはしないが」
頭をかき大きく嘆息して歩き出したキョンに並び、
「言いかけって言うのは先が気になって消化が悪いじゃない」
ハルヒも並んで問いかけた。

「お前は知らなくていい話なんだよ」
「だから、そう言われると気になるのよ!」
そうして腕を引けば、もう1つ大きな嘆息と共にキョンの視線がハルヒへと向いて。

「あくまで夢の話だからな」
「まぁ、それでも構わないわ」
「俺だってな、ハルヒ。お前がいなくなったら走り回って探すほどなんだよ。…それこそ、周りの奴ら全員に気が狂ったんじゃないかと妙な目で見られてもな…」
苦い思い出を反芻するように呟いた後、ハルヒから視線を外したキョンの横顔を、ハルヒは見つめていた。

ハルヒ自身には想像するのに少し努力が必要な姿だった。
出来る限り我関せずで、どんなに急かしても急がないキョンが、走り回ってまでハルヒを探す。
先程のキョンの言葉がハルヒの頭の中で繰り返されて、先程とは別の意味で足が動かなくなる。


「…あたしがいなくなるなんて、ありえないわ」
心に浮かんだ言葉を素直に口にすれば、また数歩開いてしまった距離をキョンが振り返る。

「俺だってあんな思いで走り回るのは二度と御免だ。…ほら、行こうぜ」
そうして差し出されたキョンの手に、ハルヒは満面の笑みで手を伸ばした。



* back *


ひな祭りだというのに、ひな祭り全然関係ないお話です
ふいに、『ずるい…、絶対あたしの方が好き。俺は、お前がいなくなったら走り回って探すほどだぞ』という会話が脳内に浮かび、書き始めた結果です。
というか、私は基本的に書きたい台詞があってそれに向かって書き始める人なので、毎度終わりや始まりに悩みます…
ので、今回はBGMに聞いていたハレ晴れユカイVerキョンから!(ハレ晴れが一発変換できるようになってる…!!)
本来は拍手用だったのですが、やろうと思っていたことが挫折したので普通にUPさせていただきました…