最終的結論 (キョンハル・2008年七夕創作・消失、分裂前提)



空を見上げてみても、星座なんて1つもわかりはしない。
そもそも、街中にいては天の川なんてわかるほど星が見えるはずもないけれど。

「七夕、か…」
呟いた声に、誰かが返事をくれるはずもなかった。




『熱心にお願いしたら聞いてくれるかもしれないじゃない!』
などと、小学生でもここまで熱心に願い事をするのだろうかと思うほどハルヒが七夕を祝っていたのは、すでに一月も前の話である。

けれど、世の中には旧暦というものがあるらしく。

『お母さん、なんで8月に七夕なのー?』
とある都市で開かれる七夕祭の様子をニュースで見つけた妹の問いに母親が答えていたのはつい先ほどの事だ。

そして、それを聞いて妙に感傷的になった俺がその時どうかしていたとしか思えない。
一日とて通った事がない、東中が懐かしいと感じる程に…。


数年前の今以上に小柄だったハルヒが越えられた柵を越えられないほどに、俺の運動能力が低いわけではなかったようだ。
難なく柵を越え、数年ぶり…と言えるかはわからないが入り込んだ夜の校庭は、夏休みだからかいつも以上に人の気配がないように思えた。

備え付けられた朝礼台に立てば、校庭を一望できる。
男子高校生が、女子中学生に指示される通りにこの校庭を動かされていたのかと思うと、情けないと思うべきなのか、付き合ってやる心の広さがあったと思うべきなのか。
突如浮かび上がった謎の文様は当時少しは話題になったと谷口がぼやいていたが、それももう昔の事なのだろう。
近所にとっても、学校にとっても。

未だにその話題に振り回される立場にいる人間として思い浮かぶのはSOS団の団員以外にいるはずもない。
あの七夕とほぼ同時期に涼宮ハルヒに関わる羽目になった宇宙人、未来人、超能力者。

ただ、日本人的イベントに過ぎなかった七夕が、妙に意味深になってしまった日。

そして呟いた言葉に、返事など返ってくるはずもない。

…はずなのに。

「キョン?」
怪訝そうな言葉と表情が、意外にも返ってくる事となった。

「なんだ、ハルヒか」
「なんだ、じゃないわよ!なんであんたがここに…」
「見つかったのが教師とかだったらヤバイと思って」
「答えになってないわ!」
詰め寄ってくるハルヒに、気紛れだと答えるべきなのか一瞬悩む。
かと言って、気紛れに至るまでの経緯を話すわけにはいかないだろう。

結局考えたのか考えなかったのか。

「異世界人でも探そうかと思ってな」
咄嗟に出てきた一言に、ハルヒは呆れを隠しもせずに嘆息した。

そのため息をいつものハルヒにそのままお返ししてやりたい気分だ。

「簡単に見つかるはずないじゃない」
朝礼台に腰掛けたハルヒが真似るように空を見上げるのを見て、俺はまた視線を空に戻した。

たまには日常から離れて空を見るのも悪くはないと思わせる時間。
黙っている以上ハルヒの気配も薄く、まるで1人で閉鎖空間にでも放り込まれたかのような気分。

それも悪くない、とやっぱり妙に感傷的な事を思った瞬間。

「どこかに、行くの?」
ぽつりとハルヒの声が耳に届いた。

「なんだ?唐突に」
「別に…」
唇を尖らせて顔を逸らしたハルヒからは、問い返されたことに対する狼狽が僅かに見て取れる。

「ただ、今のキョンはこのままどこかに行きそうね」
再び合わされた視線から、言葉通りの感情がわかる。

唐突過ぎて話は理解できないし、理由だってわかりそうにない。

けれど、どこに行くのだと問われて、どこに行くのだろうか。
ハルヒの作る新しい世界にだって行けたのに、長門の作る平和な世界にだっていられたのに、佐々木の保つ非日常などない日常な世界に身をおく事だってできたのに。

なのにどこにも行かなかったことを、ハルヒが知るはずもないのだから。

そもそも。

「お前が行かしてくれるならな」
今日も、そして明日もどこかに行くほど余裕もないほどに予定を組んだのは間違い事無く目の前にいるこの団長様だ。

「…そんなの、許さないから」
案の定、返ってきた台詞は予想の範囲内。

「明日も明後日も予定が一杯で一日の猶予もないのよ!キョンがお盆から帰ってきたらまた予定が一杯なんだから!」
胸を張るように宣言して、俺の隣に立つ。

「決定事項かよ」
「何よ、文句でもあるの?」
「まぁ、別にいいんじゃないか?高校生活を満喫しようってその精神は買うさ」
日常的な行事を日常的な範囲で楽しもうと少し無茶することくらい、非日常の出来事を繰り返されることに比べれば可愛い限りだ。

「で、明日は何するんだ?」
「そんな事も覚えてないわけ?!」
そうして不満をありありと表情に浮かべながら説明をするハルヒを見ながら、これを日常として選んだ自分の気の迷いに、俺は小さく苦笑を浮かべる事となった。

それを後悔できない上に反省する気がないなど、感傷的になった自分以上にどうかしているとしか思えなかった。


* back *


7月7日の七夕を逃してしまったので、いっそ旧暦にあわせてしまおうと思って。
2008年の七夕創作です(今更ですが)
キョン妹が見ていたのは仙台の七夕祭のイメージです。
記憶は食い違っていようが、2人にとって東中が思い出の場所には違いないよなぁと。
脳内に浮かんだ時、キョンが妙に感傷的になっていて、たまたま辿りついた東中で異世界人探しなど始めてしまったので妙にシリアスな雰囲気になってしまった気がしています(反省)