(本編後、FDまでの間)
空の青と、木々の赤と黄で染まる世界。
背に柔らかな葉の感触を味わいながら、拓磨は四肢を投げ出した。
葉の揺らめく音が心地よく聞こえる。
それが逆に静かな世界を強調するような気がして、拓磨は小さく息を吐いた。
守護家に生まれた者にとって不釣合いなほど穏やかな日々。
今までと違いすぎる日々に、そちらの方が落ち着かなくなって苦笑する。
けれど、同時に感じた僅かな痛みに、変わりのない日々も実感する。
『拓磨ぁ!歯ぁ食いしばれ!』
どこまでもパワフルで、子供のような先輩。
気心の知れている彼らと過ごす日常は、楽しい事に違いはないだろう。
けれど、どこか欠けているのを自覚して、拓磨は真弘に殴られる原因となった一言を静かに呟いた。
「退屈だ…」
小さな声は森に吸収されて、他の人には届かない。
ましてや遠く離れてしまった彼女に、届くはずもない。
けれど、心の中に留めておけるほど小さな思いではなくて。
「退屈だぞ、珠紀…」
拓磨は愛しさをこめて、彼女の名前を声にのせた。
突然現れ、突然いなくなってしまった。
それこそ本当に、自分達にとって救いの女神である彼女。
出会いは最悪だったけれど、大事な大事な人。
『うん、またここに戻ってくるために』
たった一言の約束を待って、ここにいる自分。
未来の幸せをただ一心に信じる。
それを自覚して、拓磨は小さく自嘲した。
こんな事になるなんて、誰が想像したんだろうか。
自分すら想像していなかった事態に、驚くやら呆れるやら。
拓磨にとって、平穏になった日々よりもそんな自分の方が落ち着かないというのが正解かもしれない。
これで、いいのだろうか。
こんな自分でいいのだろうか。
守護者である事、鬼である事から自分が幸せを求める資格がある気がしない拓磨にとって、それは重くのしかかる。
いつか自分は人を傷つけるのだと。
仲間達すら偽って生きていくのだと。
信じて疑わなかったのに。
でも。
『それでいいじゃねぇか。ってか、自慢か?!ノロケか?!自分は彼女がいるからって拓磨のクセに!』
いつもの調子でバカみたいに反応してくる真弘先輩の言葉も、重く感じていた。
穏やかな日々の中、退屈や幸せを感じるたびに思い出すもの。
柔らかく、意志の強い声。
柔らかな体と細い腰。
全部見せて、全部受け入れてくれて、まっすぐな幸せをくれた彼女。
それを受けて、変わったのかもしれない。
そして、今の拓磨にとってそれが正しい事なのかいい事なのかもわからないけれど。
「それでも、いいか…」
真弘の言葉を反芻しつつ、拓磨は穏やかな日々に向けて笑みを浮かべた。
* back *
森で寝転んで珠紀の事を思い返している拓磨です
真弘に動いてほしかったためだけに書いた感じなのですが…
拓磨と真弘の仲良し具合は本当に好きなんです(笑)