(緋色・蒼黒の拓磨ルートを中心にしつつ、他のキャラルートのネタバレもあり・拓珠)
沈黙が実際に重圧を持ったら押し潰される。
視線で人が殺せるなら何回殺される事か。
何より、あの美鶴が客を前にお茶すら用意しない事がなにより重圧を持つ気がしつつ。
「なに、そんなに堅くならずに」
バリバリと煎餅を齧りながらの台詞に、
「それは、ちょっと難しいと思います…」
珠紀はなんとか一言返すことに成功した。
鏡による怪奇を解決して数日。
村にはまた平穏が訪れていた。
事後処理の1つとして陰の鏡に関する新たな情報を得もした。
五瀬がこの村の出身だった事。
そして、鬼斬丸の封印の犠牲者の家族である事。
そのため力を得ようとした事。
その事実を知った時、守護者一同が沈黙した。
鬼斬丸の封印によって人生を振り回される事は、他人事ではない。
だからと言って五瀬を許せるわけでもない。
しかし会う事ももうないだろうと思っていた矢先。
…彼は現れた。
「いやなに、大丈夫。薬師衆との繋がりは解いてある状態で、これでも霊的拘束を施してあるんだ」
「そうそう。あたしがしっかりやってるから」
2人の明るい声は場を明るくしようとしているのか、空気が読めていないなのか。
どちらにせよ、空気は相変わらず重苦しかった。
それもそのはずである。
居間で客を迎えている珠紀の隣には美鶴。
その居間をぐるりと囲むように守護者6人。
向かい合う客は、典薬寮の上司と部下。
そして、五瀬新その人だ。
「そういう問題じゃねぇ事は承知の上だろ」
「能力が制限されていない君達なら、五瀬を叩く事くらい容易だろう?」
真弘の眼光など気にした様子もなく、芦屋は煎餅をかじり続ける。
「敵対しにきたわけじゃないんだよ。僕や多家良が保証する。それに、玉依姫に敵意を向けることは五瀬の母親の意志でもないしね」
指摘された内容に、五瀬が微かに表情を変える。
瞬時に無表情に戻したものの、図星を指摘された反応だ。
それは同時に、陰の鏡に関するものを調べていた時に出てきた五瀬の母親が遺した手紙が五瀬の手に無事渡ったことを示してもいた。
内容を明確に把握しているわけではないが、清乃によれば五瀬の意識を変えるほどのものだろうと言われており、それは事実であるようだった。
「それで?我らが姫の前に連れてきたのは何か意味があると考えていいのでしょう?」
そして、にこやかに微笑まれた卓の言葉に、
「いくら『国』の意志とはいえ、僕はその方針に全面的に賛成しているわけじゃないし。それに、今回季封村に協力してもらうきっかけとなった五瀬がこの村の出身である事はみな周知の事実らしいから、ここは管理者である君に意見を求めたくてね」
芦屋はようやく目的を口にした。
「典薬寮から、こちら側へ意見を求めてくるとは意外です」
「従来ならね。けど、典薬寮と季封村の間はともかく、僕たちの間に今更『不可侵』なんて形だけだろう?」
「それこそ詭弁にしか聞こえませんが」
確かに、典薬寮としてではなく芦屋正隆という人物に関しては今回協力関係にあったと言ってもいい。
けれど、玉依姫に判断を仰ぐとなれば話は別になる。
「俺達の同盟関係は鏡の一件にのみあったはず」
「まあ、狐邑君もそう堅苦しく考えずに。これも事後処理の一環だと思えば…」
「俺達の目的は村の人達が帰ってくる事で、典薬寮の人事への介入ではない」
きっぱりと拒否の対応を示す守護者に対し、芦屋は大きく嘆息した。
「予想通りの反応、だね」
「ですね」
少々落ち込んだ風を装う芦屋に対し、清乃も苦笑する。
しかし、そんな空気を作り出したのも一瞬。
「けど、不満を腹に溜め込むのはよろしくないだろ?」
芦屋は煎餅をかじって、読めない笑みを浮かべた。
「典薬寮として君達の安全を保証できるよう、僕や多家良は最善の努力を約束しよう」
「頭でっかちなやつらの定型文なんざ聞く気はねぇ」
「手厳しいね、狗谷君。まぁ、続きを聞いてくれ」
吐き捨てられた遼の言葉に、芦屋は形式的に苦笑してみせる。
「で、それをするのに今回の協力は僕たちにとっても君達にとってもとてもいいカードになる。それに鏡のカミのように強力なモノたちに関しては守護者達じゃないと敵わないと証明された点も多いからね。薬師衆は色んな視野から難ありという結果になっちゃったし…」
「で、それがどうした」
「そう考えたら、君達の安全のためにも友好な体勢だけは崩さない方がいいんじゃないかと思ってね。それに、今後何かあった時にまた協力しあうかもしれない事を考えたら、互いの間に蟠りなんてない方がいいだろう?だから、今のうちに今回の件に関する文句は聞いておこうと思ってね。僕たちばかりが聞くのも理不尽だから、やっぱり当人も聞かないと」
「…それが本当の目的、ですか」
爽やかに浮かべられた芦屋の笑みに、卓は大きく嘆息した。
「やっぱり呆れられちゃってるじゃないですか、芦屋さん。だから代表として批評はきっちり聞くべきだって…」
「そりゃ、体裁的にはトップがどっしりして見えるかもしれないけど、当の本人そっちのけにして僕らだけが不満を聞かなきゃいけないなんて嫌じゃないか」
「そういう責任転嫁的発言を軽々しくしないでください!」
「相変わらず堅苦しいなぁ、多家良は」
「つまり文句を言うなら当人へどうぞ、ですか?」
そして、繰り広げられ始めた芦屋と清乃に対してまとめた慎司の言葉に、
「まぁ、そういう事だ」
芦屋は満足そうにお茶を飲み干した。
「だから、さっそく聞こうじゃないか。文句ならいくらでも。五瀬も黙って聞くつもりだから」
芦屋の言葉に、霊的拘束をされているからか、それとも一応玉依姫たちへの意識が変わっているのかは不明だが、五瀬も聞く体を整える。
「ほぉ…、いい心意気だな」
勢いよくテーブルに手をつき、身を乗り出した真弘に、
「どうぞ」
芦屋はどこか嬉しそうに促した。
「温厚な俺様としても文句は山ほどあるんだよ。ありがたーく聞きやがれ」
公に文句を言える場と言うのも珍しい。
その機会を存分に味わうべく、真弘は口を開いた。
「人の事散々ボコってくれるし、村人巻き込んでくれるし、それに…」
話せば話すほど、沸くように文句が思い浮かぶのだろう。
口1つでは足りない様子ので話そうとする様子に、
「ボコられてたのはお前だけじゃねえのか?」
嘲笑が1つ聞こえて、真弘は勢いよく遼へと振り向いた。
「んだと?!この鴉取真弘様がそんなわけあるか!!あれはだな…」
「真弘の意見はともかく、村人を巻き込むのはあまりよろしくなかったな」
「ともかくとはなんだ!ともかくとは!いくら祐一といえど聞き捨てならねぇな!」
あっという間に続く応酬に、芦屋も小さく笑い出す。
「おい、芦屋!お前にも文句は山ほどあるんだよ!」
その笑いに気付いた真弘が芦屋の方へ突っかかろうとして、
「まあまあ…」
慎司の制止が入る。
「そうですよ、鴉取くん。我々としても言いたい事は山とあれど、一番大変だった我らが姫に一番を譲るべきでしょう?」
そして流された卓の視線を追うようにして、全員の視線が珠紀へと集中する事となった。
「え…?私?」
「ええ」
慌てて周囲を見回す珠紀を落ち着かせるように、卓が微笑む。
「どうぞ、珠紀様。悪口雑言の限りを尽くしていただいても誰もが納得いたします」
「さすがにそれは…」
美鶴の発言に苦笑するも、何を言うべきか考えていた珠紀の背を押す言葉。
数瞬の間、珠紀は瞳を閉じる。
そして、ゆっくりと瞳を開いて五瀬を見つめると、珠紀は小さく言葉を投げかけた。
「…あなたの言葉で、今の気持ちを聞かせてください」
言葉尻や動作などから全てを読み取ろうとする意思をこめて珠紀が五瀬を見つめれば、その表情が僅かに笑いの形に歪む。
「…随分とお優しいことだ。それともカミともなればこの状況は有利で仕方がないと?」
しかし、皮肉を込めた言葉にも珠紀は微塵も揺るがなかった。
「私達は今、陰陽の鏡の件や五瀬家の事などを知っています。…あなたに遺された手紙の事も。だけど、それは全部他人から聞いた話だから。私はあなたの話を聞きたいんです」
強い意志を込めた言葉。
両者の間に僅かな拮抗が生まれ…、五瀬は大きく嘆息した。
「君達の望む言葉なら、『季封村に手を出すことはない』とだけ言っておこうか」
「それが本心ならば…」
眼光の緩まない珠紀に負けじと五瀬も返す。
緊迫した空気が続くと思われた瞬間。
「まぁ、君の言動考えたらそうとられるよね」
軽い笑い声と煎餅の音が、それを打ち壊した。
「形式上の反省もできない方がのし上がるにはいいんだっけ?」
「芦屋さん!そういう話をしてるんじゃありません!!」
清乃がフォローをいれようとも、壊れた空気は戻らず。
「まぁ、五瀬はこんな風に言ってるけど。言葉通り今回みたいな無茶はしないと確約してくれてるから大丈夫さ。それに関してはこちらが保証人になろう」
「この空気の中言っても説得力がありませんあ、芦屋さん…」
どこかゆるりとしてしまった雰囲気に、清乃は苦笑して珠紀を見遣った。
珠紀も僅かな苦笑と共に清乃へと視線を返してから、再び五瀬へと向き合う。
「聞いての通りだ」
「…そうですか」
全員の気分が晴れるわけでも納得できるわけでもない返事しか五瀬からは出てこなかったが、これ以上は難しいと考えて珠紀もひとまずの納得をする。
しかし、
「けれど、やろうとした事について間違っていたとは今も思っていない」
先程より強い口調と意志で発せられた言葉に、一同は驚き、僅かに硬直する。
その瞬間、それを打ち破るかのように強く何かを叩く音がして、全員の視線が集中した。
「拓磨…」
机が壊れないギリギリの力で、それでも発散しきれない怒りを込めて拓磨が机に拳を押し付けている。
その瞳には様々な感情が入り乱れており、咄嗟に安易な言葉で問いかけるのを躊躇わせるほど。
しかし、それに対して臆する事もない人物が1人だけ。
「他の人みたいに、鬼崎君も文句あるならどうぞ?今回も君は最後まで玉依姫の側に居たからこそ迷惑かけちゃってるからね」
芦屋は余裕の笑みを、拓磨へと向けた。
余裕すぎる表情が、逆に高められた怒りを削いでいく。
それでも抑え切れない感情が拓磨の口元を僅かに反応させては閉ざしていく。
繰り返された数瞬が、長い時間に感じられた時。
「復讐して、意味があったと思うか?」
拓磨の静かな声が、やけに居間に響いた。
僅かな沈黙。
次の瞬間、それを微かな嘲笑が打ち破った。
「お言葉だが。そうでなければ、あんな大掛かりな事をするはずもない」
カミを滅ぼすためならば、人が死ぬのすら厭わない覚悟を持った人間の言葉。
決して簡単なものではない覚悟。
けれど、
「いい加減に!」
「これ以上そういう事を言うのは」
謝罪する側として、謝罪される側として真弘と清乃が激高しそうになった時、祐一と芦屋の手がそれを黙って止めていた。
「復讐したけりゃすりゃあいい」
視線の先にはどこまでもにらみ合う2人に、どこまでも静かな拓磨の声。
「お前が勝てるはずもないけどよ」
「余裕の言葉か?」
再び五瀬が浮かべた嘲笑に、拓磨はいっそ悲しそうに瞳を歪ませる。
「いくら捨て身でも、いくら何に変えてもいいと強く思ってても、意外とあるもんなんだよ、大事なものってのはよ。復讐すりゃ、気が晴れるわけじゃない。ただ、捨て身になった中でも捨てられない何かを失うだけだ。復讐しようとするだけ結局無意味なんだ」
そして酷く苦しそうな声音で、
「『不幸を撒き散らして、そこに何を見出すのか』ってよ」
拓磨は一言、ポツリと呟いた。
重くなった空気に、
「やれば、何が見出せるかわかるさ」
五瀬の嘲笑だけが響く。
「やらずに理想論だけを語るのか?馬鹿馬鹿しい」
一蹴した五瀬の声に、
「やっても何も見出せないのは、やらなきゃわからないかもしれないが…何も見出せないのは事実だ」
視線は外したまま、しかしどこまでも静かな拓磨の声が応酬する。
静かで、重く、苦しそうな声。
その雰囲気に、五瀬は僅かに激高した。
「人の気も知らないで、随分と偉そうな口を利くんだな」
心に抱えた苦しみを、隠す事無く五瀬の笑みが歪む。
「君も失くしたのか?仲間も、家族も、護るべき姫もいて、君が何を失ったと言うんだ」
それは、現実に味わった事がないとわからない特有で、強烈な痛みの言葉。
「最も、カミに人の心がわかるとは思えないが…」
冷笑と嫌味で締めた五瀬に、拓磨はゆっくりを視線を向けた。
そこに宿るのは、怒りではなく、悲しみ。
同情や哀れみにも似た思い。
「失くしたから、言ってんだよ」
悲しみと後悔を込めた声。
五瀬に視線を向けられないと言うよりも、誰かの視線を受ける事が耐え切れないかのように、拓磨は再び視線を落とす。
「何度生まれ変わっても、生まれ変わらなくなって、未来永劫この人生をそのためだけに使ってもいいと思えるくらいのものをな」
深い後悔に満ちた拓磨の言葉に、珠紀は口を開くも声は言葉にならずに霧散する。
「だから、うちの玉依姫に感謝するんだな。お前は、幸運なんだよ。復讐を事前にとめてもらえた。だからこそ、お前は手紙を読めて、大事なものなくさずに済んだだろ…?」
そんな言い聞かせるような拓磨の言葉に、五瀬は沈黙した。
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蒼黒の楔、拓磨ルートを基本としつつ、他のキャラのルートとごちゃ混ぜ捏造ルートです
緋色の欠片拓磨ルートが根底にあり、常世神と玉依姫の関係を拓磨も珠紀もきちんと理解している設定です